【プロジェクトを支えてくれた人物】鎌倉市元都市景観課 課長へのインタビュー

こんにちは、鎌倉 三河屋本店の鈴木です。
この度、三河屋本店の保存活用プロジェクトで私たちと共に歩み、尽力くださった鎌倉市役所の奥山氏にお話を伺いました。
鎌倉市としても前例のない取り組みであり、防火地域という最も厳しい規制の中、さらにコロナ禍という複雑な状況が重なる中での挑戦でした。

そのような環境下でも、奥山氏は一つひとつの課題に真摯に向き合い、三河屋本店の未来を共に考え続けてくださいました。
もし奥山氏の支えがなければ、このプロジェクトは途中で頓挫していたかもしれない。そう感じるほどの大きな存在でした。

ぜひ多くの方にご覧いただければ幸いです。

 

インタビュー

鎌倉市 まちづくり計画部 深沢地域整備課
担当課長 奥山信治 様
元 都市景観課 課長

略歴
平成14年 鎌倉市役所入庁
平成16年~平成26年、平成31年~令和4年 都市景観課に配属

 

歴史的建造物を残すことの大切さ

鎌倉は、中世の都市構造を今に引き継ぐまちであり、神社寺院が点在し、関東大震災の被害を受けたものの、復興期に建てられた洋館や和館など貴重な歴史的建築物が今なお残る全国でも珍しい都市です。神社寺院と一体となった緑に囲まれた古都の中心市街地には、数は限られているものの、商家建築も受け継がれており、伝統的建造物群保存地区のようにまとまった形では残っていませんが、三河屋本店(鎌倉市景観重要建築物等(※1)指定第22号)のように若宮大路のランドマークとなる建築物が存在します。こうした様々な時代の建築物が調和しながらまち並みがつくられているのが鎌倉というまちの特徴だと考えています。だからこそ、歴史的建築物を残すことは、鎌倉の景観やまちづくりにおいて非常に大切なことだと考えています。


 

保存の難しさと、支援のあり方

一方で、歴史的建築物を守り続けることは、所有者や事業者の方々にとって決して容易なことではありません。修繕にかかる費用や事業としての収益性など、現実的な課題が数多くあります。そこで鎌倉市としては、景観重要建築物等の保存のための助成金制度などで保存・活用の支援を行いながら、所有者や事業者の皆様に寄り添い、共に保存・活用の方法を模索していきたいと考えています。

また、保存は「残すか、残さないか」という単純な選択ではなく、その中間にある方法も重要だと思っています。もちろん、建物全体を残すのが理想ですが、現実的にすべての保存が難しい場合は、例えば、建物の一部だけでも残しながら、まち並みを継承するまちづくりができれば、それは大きな意味を持ちます。すべてを保存しなければならないという考え方では所有者の負担が大きくなりすぎるため、ケースバイケースでどこに着地点を見出すかを一緒に考えていくことが、持続可能なまちづくりにつながると考えています。

 

鎌倉市として初めて取り組んだ歴史的建築物の保存及び活用に関する条例について

三河屋本店への歴史的建築物の保存及び活用に関する条例の適用については、市としても初めて取り組む事例でした。鎌倉市では、条例自体は平成28年に制定したものの、全国的にも、特に神奈川県内では適用事例が少なく、まさに手探りの状況でのスタートとなりました。市では建築審査会の専門委員会の中で、建築史的、構造的、防災的な観点、それぞれの専門家の先生方の知見を借りながら進めてきました。

建築基準法は建築物の安全性を守ることが目的であり、景観重要建築物等は景観を守ることが目的です。今回の保存・活用は、そのいずれも両立させながら、保存建築物としての文化財的な価値をいかに保つかが重要な課題となりました。これが今までの仕組みとの大きな違いであり、私たちにとっても、そして事業者の皆様にとっても難しい部分でした。

安全性の確保や景観の保護だけではなく、建築物の文化財的価値を残すためには、日本家屋ならではの伝統的な構造、欄間や床の間といった意匠を可能な限り保存しなければなりませんでした。
そのため、どこに文化財的価値があるのかを専門家の先生方と丁寧にすり合わせていく必要がありました。
事業者の方々にとっては、事業性やスケジュールで大変困難な点があったかと思います。

 

景観審議会について

鎌倉市景観審議会においても、今回の大規模改修については慎重に議論がなされました。若宮大路を代表する伝統的な出桁造りの建築物である三河屋本店の保存・活用をどう進めていくかに関するものでした。議論の中では、景観重要建築物等の外観を維持しながら、積極的な活用を支援しつつ、内部の改修をどこまで許容していくかについても検討がなされました。また、昭和初期の鎌倉の商家の屋敷構えが残っていることから、建築物だけでなく、敷地内の和風庭園や植栽、黒松といった要素も一体として、歴史や文化を活用することの重要性が指摘されました。

今回の改修におけるポイントの一つとして、若宮大路沿いの店先にある既存の冷蔵庫を活用して、酒屋の営業を継続することが挙げられます。これも酒屋の歴史を伝える大切なストーリーであり、地域の歴史や文化を尊重した取組だと考えています。

 

「すべてを残させなくても、応援したい」と伝えた背景

私は三河屋本店が景観重要建築物等に指定され、その後の維持保全の相談や親子景観セミナー、まちづくりシンポジウムのイベントに携わっており、長く三河屋本店を見てきたため、本音では母屋も蔵も含め、できる限りすべてを残してほしいと考えていました。一方で、事業者の皆様にとっては事業性の確保や大幅なスケジュール変更といった大変な負担が伴うことも理解していました。

ただし、このプロジェクトが断念されてしまえば、三河屋本店を保存する機会は二度と訪れないかもしれない。そのまま取り壊されてしまう可能性すらありました。歴史的建築物の保存は0か100かではなく、たとえすべてを残せなくても、1でも10でも残すことに価値があると私は考えています。

全国的には一部だけを残すことでまち並みを守った事例もあることも知っていました。ですから「何も残せない」ことだけは避けたいという思いから、所有者や事業者の方々に「諦めないでほしい」とお伝えしました。そのうえで、最終的に「すべてを受け入れて計画を作り直してでも三河屋本店を残す」と決断された所有者や事業者の皆様には、心から敬意を抱いています。

 

鎌倉市にとって歴史建築物の保存及び活用に関する条例の適用ケースができた意義

今回三河屋本店において、歴史建築物の保存及び活用に関する条例の適用に初めて取り組んだことで、同時期に進んでいた加賀谷邸(鎌倉市景観重要建築物等指定第31号)にも適用が可能となりました。その結果、この仕組みを使って残す取組が市内でも動き出し、現在も進行中の案件があります。これは鎌倉市にとって大きな一歩であったといえます。

さらに、鎌倉市の取組は全国的にも注目されています。政令市である京都のように規模の大きな自治体と比べると、鎌倉市は小規模の自治体であり、その鎌倉市で、条例を適用できたことは非常に珍しい事例であり、今後、全国のモデルケースとなる可能性があります。

 

今後の鎌倉 三河屋本店に期待すること

三河屋本店が、より多くの方に親しまれる場所になることを願っています。レストランとして営業されると伺っておりますので、地域の方々や市外から訪れる方々にとって思い出の場所となるでしょう。そして、この素晴らしい建築物が末永く活用され、後世に受け継がれていくことを期待しています。

 

注釈
(※1)鎌倉市景観重要建築物等・・・鎌倉市都市景観条例第30条 市長は、都市景観の形成に重要な役割を果たしていると認める建築物等を景観重要建築物等として指定することができる。